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インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
『ヘーゲルを活用する!』
堂島ジュンク堂で書籍物色。

仕事関連の本に加え、久しぶりに哲学関係。

『ヘーゲルを活用する!』という本を購入。

ヘーゲル関連の本は何冊か読みましたが、良さそうなんだけど中身がもう一つ分からなかったので、再び理解をチャレンジしてみようかと。

原著(もちろん日本語訳版)も読みかけたけど、時代背景とかの知識がないと難しく、やっぱり解説本に頼ってしまいます。

電車で読み始めるが、読みやすく、続きが期待できます。

堂島地下街の帰り道で、ばったりいわきり君に遭遇。

東京の人と偶然会うとは、なんたる幸運。

立ち話だけでしたが、今度ゆっくり話をしたいものです。

犬も歩けば棒に当たる、とはこのことかな。
きまぐれコンセプト クロニクル
ジュンク堂にずらっと並んでいた『きまぐれコンセプト クロニクル』。

分厚くて重そうだったのでアマゾンで購入。ジュンク堂さん、ごめんなさい。

ビッグコミックスピリッツ連載の『気まぐれコンセプト』の傑作集。

84年から昨年までの23年間の一大社会学的資料。

読み出したら止まりません。

これを基にいろんな論文が書けそう。

85年ネタの解説で、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングのつながりが、「怪物ランド→おかわりシスターズ→とんねるず→クラッシュギャルズ」。

全部分かる?
『幕末・維新』
あけましておめでとうございます。

本年も当ブログお立ち寄りいただければ光栄です。


正月読書用として『幕末・維新』(井上勝生/岩波新書)を読む。酔っぱらっているのでなかなか先に進まない。

ペリーやハリスとの条約締結交渉や、ロシアとの交渉などの、幕府の対応を紐解いていく。頑迷な幕府という通説とは異なった、賢明で現実的な交渉だった、という論点。

勧善懲悪の娯楽作品ではなく、その時自分だったらどのような判断をしたかというケーススタディとして幕末を考えると、また新しいものの見方ができる。

当時は列強各国がどんどん日本にやってきた。日本も北海道・樺太・千島列島といった蝦夷地を「開拓」し、アイヌ民族の生活に侵入していた。「和人化」計画である。

当時のロシアとの交渉の焦点は、アイヌ生活圏の領土争いである。

フロンティア精神と原住民。ベンチャー企業と既存事業者。

マクロの経済成長と、ミクロの道徳観は常に葛藤がある。何が正しくて何が誤りかは単純に規定することはできない。

少なくとも、開拓民の末裔として、そのような歴史の上に今があることを忘れずにいたいと思います。
おめでとうございました
アジア大会でメダルをたくさん取った平泳ぎの北島選手に対してのインタビューで、NHKのアナウンサーが「おめでとうございました」と。

これ、言葉として変ですよねえ。

「おめでとう」は常に「ございます」という現在形がふさわしいのではないでしょうか。祝福の意は、常に発話する瞬間の今ここにあるわけですから。

同じように、「ありがとうございました」も変だ、という方がいらっしゃいます。

感謝の意は常に現在にあるという意味で一緒ですね。

でも、これは小生、日頃使っている言葉使い。「有り難い」、とメリットを享受した時点が過去なら良いのでは、とも思います。

じゃあ、「目出度い」シーンが過去の場合は。。。

何とも、よく分からなくなってきたので、いつか調べたいと思います。
少年ジャンプ
少年ジャンプ購入。

分厚いコミック誌を自分のお金で買うのはひょっとしたら生涯初めてかもしれない。立ち読み専門だったんで。サラリーマン向けのやつとか単行本なら経験ありますが。

仕事の役に立てたい、という購買動機が典型的なおじさんで自己嫌悪だが仕方がない。

理由は三つ。

一つは、日本のアニメのクオリティの高さが世界を席巻していること。そこには何か感じるものがあるのではないか。

二つめは、敬愛するかねまつさんがかねがねマネジメントに通じるものあるよ、とおっしゃっていたので。「NARUTO」はすごいよ、と。

三つ目は、最近読んだ本で、創造的な発想をするには関心が全くないものに当たってみることも必要、とあったので。

ヒーローものあり、未来的なのあり、スポーツものあり、軽いエッチ系ありと、適度なバランス。正直、昔とあんまり変わってないなあという印象。

おじさんには、「こち亀」がまだ現役なのに感動。しかもメチャクチャ面白い! 一人オフィスで読んでましたが、思わず声を出して笑ってしまいました。

このクオリティは凄い。これ、週刊でしょ? ダントツの構成力(あくまでおじさん目線)。

仕事に関係のないところにはまってしまう作品力、数枚上手でした。
ピーターパン
ピーターパンの名は誰でも知っています。でも、それがどんなストーリーだったか、ちゃんと覚えている人は少ないと思います。

今日、幼稚園のお祭りで、ピーターパンの人形劇を観劇。多分だいぶ簡略化してるのでしょうが、フック船長と闘っていました。

ネバーランドといえばマイケル・ジャクソンの方が有名になった感がありますが、元はピーターパンに登場する島なんですね。

夢の国のお話で、夢の国もいいけど平凡な家庭もいいもんだ、という教訓。

教訓はさておき、気にとまったのが、「インディアン」という表現。おきまりの「オホホホホ~」という裏声の叫びも効果音に。

今、この言葉は違和感ありますね。「ネイティブ・アメリカン」が現代の常識的ターム。昔の童話や西部劇では「インディアン」が普通で、どちらかというと悪役です。

時が変われば、常識も変わり、悪気無く使っていた言葉が差別用語になったりします。浮き世を生きる私たちは、都度その常識モードの範疇で言葉を使う必要があります。

巨匠マズローの『完全なる経営』という本が神戸大の金井壽宏先生の翻訳で出ています。その前書きが凄い。

一昔前の原文を忠実に訳すと、差別的な表現が頻発するので、その一つ一つに金井先生が注釈をつけて、その現代における解釈を提供しています。

その作業、超人金井先生しか不可能と思える細かいもの。

「言語×時代」の二重の翻訳は、きわめて難しいモノだと思う次第です。
愚息の娘版
息子のことをへりくだって呼ぶのに「愚息」という言葉がある。

妻のことをへりくだるのは「愚妻」。

さて、本日ブログを全然違うネタで書こうと思って、うちの娘を対外的にへりくだるためになんというのかと思ってネットをふらふらすると、どうも「娘」と「夫」にはへりくだる表現がないらしい。

男尊女卑のなごりで、「娘」はへりくだるまでもないという意見もネットにあったが、「妻」はへりくだる対象ゆえに、その説は希薄なように思える。

「愚父」「愚母」という言葉はあるらしい。

愚が付くのは「息子」「妻」「父」「母」。

愚をつけた呼称を口にするのは、男系で家系を継いでいく世界の中で所帯を持った男、という世界観が読み取れる。男尊女卑とは言わないが、やはり男子中心世界のなごりなんだろうか。

「娘」は気楽なんだ。

その気楽さで、このまま伸び伸びと成長してくれたらよいと思った次第です。