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写真は家族の形を整える
富士フイルムのTVCFで、樹木希林が出ているバージョンがまじめな意味で気に入っている。

「写真は家族の形を整える」というナレーションが深い。同じ企業の「写るんです」とのキャラクターのギャップも面白い。

夫(元夫?)のロックシンガー内田裕也との、写真館で撮ったであろうフォーマルなツーショットがいくつかあり、その波乱(であろうと想像される)の家庭を想起させつつ、先ほどのナレーションが流れる。

放っておいたら壊れてしまいそうな危うい家庭であっても、写真を撮り続けることによって、「家族」という概念的イメージが共有され、結果として絆さえ生まれてくる、という意味に解釈できる。

実状、内情、本音、実態などなどは別にして、まず形を整えることから入るのは、一つの賢明な方法論である。特に、本当のところは何なのか、神のみぞ知るといった複雑な課題に関して効果的である。家族関係、というのもその一つである。

意味よりも形からはいることで、複雑な状況下で致命的な過ちを起こさないリスクヘッジが可能となる。形のイメージを知らない、あるいは失うと、思考が空中分解してしまう。


人間関係のなんたるかが分からない若造には、まず挨拶を仕込むのが社会の常套手段である。意味が分からないままに形を模倣し、その意味がやっと分かるようになって成熟していく。

問題は、意味が分かる年代になったときに、それまでの人生過程に「型」がないと不幸になることである。気がついたときには、世間からレッテルを貼られていて、その克服には多大の労力がかかる。

「挨拶をする」とか「仏さんを決まった様式で拝む」とかの身体行為は、意味が分からないうちに始めないと効果半減である。行為をしながら、その意味が分かるのをじっくりと待つ必要がある。

それを子供や若者に納得させるのは骨が折れる。少なくともロジックではねじ伏せられない。

つべこべ言わないで、言うとおりやれ! という頑固オヤジの出番はこう言うところだと思う。
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