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『街場のアメリカ論』
内田樹氏の『街場のアメリカ論』をちびりちびりと読んでいます。

日本はアメリカとの関係の中で、「アメリカとの自由かつ平等のパートナーシップ」を追求しているのだけれど、決め手として相手の「善意と寛大」に期待するしかない、という部分があります。

アメリカがいないと軍事的に生存できない、そのために日本のアイデンティティが損なわれるという二律背反があり、それを両立するにはアメリカの「善意と寛大」に依存している、ということです。

ちょっと小難しい話ですが、これは組織内縦社会の「上司と部下」の関係にそっくりだと思います。

会社に帰属し、上司に従わないと「生存」が危うくなり、そのせいで自分のアイデンティティが失われてしまう、ということです。

「善意と寛大」を持ち合わせた上司に恵まれた人はハッピーで、そうでない人は「自分の上司は善意と寛大さがない」と赤提灯で愚痴ることになります。ビジョンを出してくれない、理解してくれない、などなど。

誰から命令されたわけでもなく、自分から望んで組織に所属しておきながら、そのような「弱者のメンタリティ」になってしまうという感覚、私には分かります。

日本人がアメリカのハリケーンの惨状を見てどこかほくそ笑んでいる感覚を、内田氏は鋭く表現しています。日本人はアメリカに対して保護者的な寛大さに立てないのです。本来は「対等」なはずなのに。

組織内でも、「上司に寛大になれない」ことが良くあります。「親会社に寛大になれない」「顧客に寛大になれない」「親に寛大になれない」など、その派生形はたくさんあります。

プロとして社会と「対等」になるとはどういうことか、この本からヒントを得たいと思っています。
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