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ロイヤル・ウェディング
王室に嫁ぐことになったとリアルに想像してみよう。

まず、嫁ぐかも知れないと世に知れ渡った段階でほぼ自由はなくなる。

世間に顔は知られ、マスコミは追いかけられる。

牛丼が食べたくなってもカウンターに座るわけにはいかない。

誰かに買ってきてもらうしかない。

嫁ぐかも知れない状態なるよりも前、なにかしらのお付き合いらしきものが始まった段階でも窮屈だ。

素行は調べられ、偏った考えの持ち主でないかどうかが確認され、致命的な落ち度があればやんわりと疎んじられる。

親しみやあこがれを感じる心と、自由を犠牲にする負担との板挟みになる。

プライベートが減少し、公の存在になっていくのだ。

適当につぶやいていたツイッターも、○○が嫌い、とは迂闊に言えなくなる。

というかツイッターはやめた方がよい。

何かしらの意見が単なる70億人分の1ではなくなる。


と、一通りイメージトレーニングをした後で我が身を振り返ってみよう。

自由に何でも発言できるかというと、社会的な存在である以上、そんなわけにはいかない。

実名でフェースブックやツイッターをしている限り、何かしらの制約を自らに課して発言している。

獣のような自由さと王室に嫁ぐ身の不自由さの中間地点に僕らはある。

問題は、そのバランスがどんどん不自由側にシフトしていることだ。

ブログだろうとツイッターだろうと発言はパブリックなもので、かつ痕跡が残る。

親しいツレに発信しているつもりが仕事の関係者に伝わり、印象を左右する。

そしてそんなことを気にし出すと、途端にオモロナイ発言ばかりになる。

政治家の失言や、東電の広報係の味わいのなさを無邪気に笑えなくなる。

自分自身の広報戦略が要るようになる。

コミュニケーション手段が豊かになった現代の新たなお作法が必要になる。


なにはともあれ、ご結婚おめでとうございます。

さわやかなカップルに乾杯。
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