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人格を結晶化しないように
ある一人の人物を正確に記述しようとするとすぐ壁にぶち当たる。

人は誰でも怒りっぽい面もあれば、優しい面もある。

怒る時もあるし、優しい時もあると言った方がいいだろう。

短気が表に出た自己主張の激しいシーンもあれば、優柔不断が隠れた気の長い我慢の場面がある。

人間は複雑だから、いろいろな顔を持つ。

単純な言葉のイメージの中に押し込まれることを拒絶する。

周りの人間は、その人が今日はどんな人間として現れるかを瞬間的に察知し、それに対応しながら関わりを持つ。

新たな関係が常に生まれ、消え、また新たな関係が生まれる。

そうやって共感したり、感謝したり、反発したりして互いの人生を編み上げていく。

人生がどんな織物になっていくかは、過ぎてみないと分からない。

一人の人間が亡くなると、残ったものは、もうそのような動的な関わり合いが持てないことにはたと気づく。

もっと関わりたいから、その亡き人の仮の姿を頭に描き、その人と対話することになる。

このときに、冒頭の難しさが頭をもたげる。

人間は複雑すぎて、一つの人格として頭に格納するのはとても困難だ。

かくして、人間の情報処理限界を克服するために、「あの人はこういう人だった」というコンセプトを逆算的に作り出す。

死んだ人にキャラ付けをするのだ。

マイケル・ジャクソンはこのメカニズムで生前の醜聞を覆い隠し、良き伝説になった。

生きている側からの一方的なコミュニケーションが可能なように、その人の人格を結晶化する。

「私の履歴書」に登場中の下村先生はクラゲから発光体の結晶を抽出するのが仕事だったが、人間の人格についてはそうすることが良いとは限らない。

なるべく結晶にならないように、ナマのままで頭の中に保存しておきたい。

そうすることで想像上のコミュニケーションの多様性を確保しておきたい。

父の冥福を祈る。
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