インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
不良の集会
中学校の修学旅行のメインイベントは本州=内地に足を踏み入れることだった。

北海道の中学生にとって、青森は東京にも京都にも陸続きになっている文化の玄関口である。

昭和の当時、津軽海峡を渡る手段はもちろん青函連絡船。

4時間あまりの船の上の出来事が修学旅行の記憶の大半だ。

船には、いくつかの中学校が乗り入れる。

いろいろなところで他校の生徒とすれ違う。

そのときに火花が散る。

他校の女生徒がかわいいとか、とんでもない格好の不良がいるとかの情報が瞬時に飛び交い、海の向こうの陸地よりも、他校になめられずに威厳を保つことが最大の関心事になる。

ドキドキしながらも若干肩を怒らせて堂々と歩く。

運悪く階段なんかで鉢合わせになったら睨み合いになり、適当な時間が経ったらお互い「許したろか」とばかりその場を離れる。

なんとも微笑ましい光景だ。

相手に睨まれたらこちらから引っ込むわけにはいかない。

中学生には守るべき威信も財産も何もないのだが、そういう守るべきものがあるかのごとく振る舞い、周りの級友の目もあって引き下がるわけにはいかないのだ。

引き下がれなくなるうちに、何かを守っているような気がして来て、守らなければならない何かを心の中に自分で勝手に作り上げる。

心の中で応援団の校旗が振られ、安っぽいトロフィーが、突然絶対に掴まなくてはいけないものになる。

そういう「何か」は、大人なって振り返ると結構大事なものであることが分かる。

守らなければならいものは与えられるのではなく、結局は自分で作り上げていくものなのだ。

それが生きる原動力になるのだと思う。

始めて行った矢沢永吉のコンサートは、そんな中学生がそのまま年を取って中年になったような人の集まりだった。

昨夜の大阪城ホールの雰囲気は、30年前の青函連絡船のデッキの上と同じだった。

いかに永ちゃんと長いつきあいかを誇示するかのようなYAZAWAタオルを肩にかけている人、正装たる白いスーツとパナマ帽をかぶっている人。

一言で言えば不良である。

みんな背筋を伸ばし、心なしか肩を怒らせ、なめられないように目つきを厳しくする。

中にはいかにも怖い仕事に就いているだろうと推測される人もいる。

みんな大人になったので整然と入場しているが、あちこちで見えない火花がパチパチ飛んでいる。

普段はあまり合うことのない人たちだ。

自分だけの「守るべきもの」を持っている人たちだ。

さて、そんなやんちゃな集団を治める人気のリーダーが永ちゃんだ。

学校が違っても、あいつは格好良いし良いやつだよ、とみんなが友達になりたがる。

彼に「お前は格好良いよ、そのままで良いんだよ」と言われたらつらい人生も頑張れる。

彼の歌はいろんな境遇の人の人生を支えてきたのだろう。

還暦のロックンローラーと老けた中学生たちから、エネルギーのかけらをもらってきた。

少しばかり世間のステレオタイプに倣って生きていることに気がついた。

60歳のとき、どこまで不良になれているだろうか。

チョイ悪とかのレベルではなく。
コメント
コメント
コメントの投稿
URL:
本文:
パスワード:
非公開コメント: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
トラックバック URL
トラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。