インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
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リングと場外乱闘
あいつなんか軽いジャブとボディだけでノックアウトできるよ、と試合前のボクサーが言う。

翌日の試合で、本当にジャブとボディだけでKOしたら拍手喝采。

ま、相手が相当弱いということだ。

そんなことはあまりない。

実際にはクリンチしたり逃げ回ったりで、ようやく判定で勝っても勝ちは勝ち。

たいていの試合は事前の舌戦とは違って、真剣勝負の尊さがある。


「個別の事案についてはお答えを差し控えます」
「法と証拠に基づいて適切にやっております」

法務大臣が国会答弁はこの二つで済むと発言して辞任に追い込まれた。

そういう手の内を明かしたことが、国会をなめていると糾弾された。

実際の答弁にダメだしされたのではなく、答弁に挑む心構えがダメだということだ。

尊いリングをなんだと心得取るんじゃ!ということだ。

ナメとんのか、こらぁ!ということだ。

では実際のところ、国会というリングではどのようなパフォーマンスだったのだろう。

本当にこの二つしかロボットのように話さなかったのか。

この二つで国会が乗り切れたとしたら、相当相手が弱い。

すなわち、野党の力量が著しく低いということだ。

嘆くべくは法相の答弁ではなく、対抗できない野党議員の技のなさだ。

国会をリスペクトするというのは、国会の議論の質を上げることだ。

そこが語られずに、リングでの戦いぶりが顧みられずに、場外乱闘で葬られたようなものだ。

リング上で何が起こっていたのか、だれが真摯に答弁をして、だれがちゃらんぽらんなのか。

そこのところを(決して皮肉ではなく)見識あるマスコミさんに報道いただきたいものです。
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コーズ・リレイテッド・マーケティング
だいぶ前のことだが、散髪はもっぱら近くの美容院と決めていた。

最初に入ったときの担当が小綺麗なお姉さんで、散髪というサービス上、至近距離で作業を行うわけで、その距離感がなんとも付加価値であった。

もちろん以降はそのお姉さんの「指名」である。

髪を整えるという本質的機能は、満足の基準を超えている。

ただ、その基準は小生の場合それほど高くなく、満足基準を超えるお店はそこらじゅうに存在する。

こういう場合、通常の商品ならば値段の安い方になびく。

しかし、当時の美容院は価格統制(紳士協定?)があるのか値段の差は店間でほとんどない。

したがって、散髪という機能的価値の上に乗っかったプラスアルファは購買意志決定においてなかなかの重要性を持っている。

綺麗なお姉さんの密着サービス(といっても単に髪を切るだけだが)は有力な武器になる。

このように、本来の製品やサービスの価値以外に購買決定のポイントがあることはそれほど珍しいことではない。

最近では、この製品を買うと環境のために1本植樹をしますとか、貧しい国のために学校をつくります、などの社会貢献を打ち出す企業が多くなった。

製品そのもの価値に加え、社会貢献の価値を乗っけて購買意欲を上げるのだ。

ミネラルウォーターのボルヴィックは、1リットルの消費に応じて10リットルの水資源を整備するという取り組みが功を奏し、マーケットシェアが3割ほど上がったそうだ。

社会貢献の大義と関連づけたマーケティング活動は「コーズ・リレイテッド・マーケティング」と呼ばれ、ここ5年くらいの間に多くの企業が取り組みを始めている。

アサヒビールも、スーパードライ1本につき1円を都道府県別に寄付して、自然環境や文化財の保護など役立てるキャンペーンをやっている。

単に広告投入を増やしたり、卸値を1円下げただけではシェアアップはそれほど期待できない。

特に卸値を下げるだけでは、流通側に粗利を与えるだけで終わるだろう。

そういう観点では、この取り組みは消費者の社会貢献に対する「後ろめたさ」をうまく利用して、(安いビールもどき製品より)高価な製品を拡販する有効な施策だ。

たまには安いPB商品ではなく、高いNB商品を買ってみたいのだが、経済合理性からいうと積極的に買う理由が見つからない。

昨今の日本人は安いものを買うのが善行であるという宗教にはまっているので、高いものを買う理由探しが大変なのだ。

そんな場合に自分を納得させるときにこの社会貢献ネタは大いに機能する。

さて、いつのまにかお姉さんが美容院にいなくなり、ほどなくして小生は1000円カットに流れていった。

その美容院が社会貢献を熱心にやっていてもつなぎ止められなかっただろう。

それはなぜか。

小生の趣味嗜好だけが問題ではない。

これはこれでケース討議のテーマとして成り立つと思います。
池上彰さん分析
池上彰さんが人気である。

NHKの子供ニュースあたりから人気が出たようだ。

最近は仕事の中でも「池上彰さんのように分かりやすく」というオーダーが来る。

これは分析しなくてはいけないと、番組を録画する。

番組のテーマは「日銀のゼロ金利政策」「ノーベル平和賞」「中国」。 

その番組から、わかりやすさのエッセンスを抽出してみる。


①話題の背景となる構造や歴史をマニアックに詳しく説明する

聞き手の頭の中に具体的なイメージができるような詳細情報を提供する。

金融政策であれば、公定歩合による管理は1994年で終わり、自由金利になったことにも触れる。

ノーベル平和賞であれば、平和賞を設けるきっかけとされているノーベル氏の恋物語に触れる。

中国の一人っ子政策であれば、いつから法律になったのか、双子は許されるのかなど、些末だが単純に疑問と思われることに言及する。

米国、ロシア、中国の潜水艦が追いかけっこが日常的に行われている「軍事の常識」を背景に中国の軍備増強について語る。


②専門用語の解説を端折らない

理解の筋道に必要な専門用語は変に端折らずに、逃げずに解説する。

銀行間でお金を融通する「コール市場」は、お金貸してくださいと呼びかけるから「コール」市場とか。

「TOPIX連動型上場投資信託」を日銀が買うのは、特定の企業をえこひいきするわけにいかないので、市場全体を買っているようなものとか。

さらに「REIT」なんかもきちんと説明する。


③「驚き」を伴うはっきりしたメッセージを出す。

日銀の景気対策では「これまでにない覚悟ある金融政策」。

歴史的な流れの中で、インフレを容認し、リスクある投資信託の購入にも踏み切ったということへの驚きを論じる。

ノーベル平和賞では、「小国ノルウェーの政治的意見表明」。

平和賞だけが他の分野と違い、ノルウェーの5名の委員で決められる。

人権、平和、環境などへの政治的メッセージの発露の場であり、客観的基準による「賞」とは全く性格が異なるものだという驚き。

中国のテーマでは、経済や軍事の脅威だけ見るのではなく、「弱みも勘案して恐れることなく向き合うこと」。

毛沢東の大躍進政策の失敗、一人っ子政策の歪みからくる急速な高齢化が待っているという驚き。


この三つ目が、他の人と池上さんを分けている最も重要なポイントである。

庶民の目線とは、専門家では常識範囲のことでも、庶民にとっては何かしらの驚きを持つこと、すなわちそこに情報価値があることの見極めの力のことである。

込み入ったことを単純にうわべをさらっとなぞれば分かりやくなるわけでは決してない。

分かりやすく伝えると言うことは、聞き手の目線を想像し、思考の過程を追いかけるクリエイティブで根気強い作業である。

聞き手と同じ頭で驚きを感じることができるか。

僕らは自分以外の頭で考えなくてはいけないのだ。
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