インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
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チェーン交換
久しぶりに自転車で会社へ。

出発前にチェーンを新しく取りかえる。

チェーンは輪になっているので、切らないと換えられない。

そのためにチェーンカッターなるものがあり、なぜかそれを持っている。

マニュアル本を見ても、手取り足取りの解説ではないので、こんな感じだろうと使ってみる。

まっすぐになっていなかったのか、変な感じになる。

きっとこのネジを締めると固定されてうまくいくのだろうと、試行錯誤でやってみる。

ぱしっとピンが外れ、チェーンが切れる。

切った後は、新品のチェーンをちょうど良い長さにして、結合する。

長さの目安は、ディレイラーのところのプーリーが縦に並ぶように云々と書かれているが、そんなにうまくできるはずはないので、これまで付いていたものと並べて同じ長さにする。

結合するピンもちょっと特別で、付けたり外したりできるタイプを買っておいたので、それをつける。

なんとかできたようなので、これまた買っておいたチェーン用オイルをチェーン全体につける。

走っているときは誰もチェーンは見ないが、信号待ちでは結構目立つ部分である。(と思いこんでいる)

道具をきれいにするのは、何とも気持ちがよいものだ。
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新幹線
姫路出勤3日目にして新幹線に切り替える。

昨日新快速電車の踏み切りトラブルで遅刻したことも一因だが、新快速1時間以上は体にキツイ。

しかも土曜日ダイヤだとさらに朝早く家を出なければならない。

ジョルダンの乗り換え検索では新幹線を使った方が1時間節約できるらしいので、これはコストを上回る便益があるだろう。

果たして、新幹線はすばらしく快適だ。

まず乗車時間が奇跡の約30分。

姫路への距離を体感した後では、さすが時速250キロ♪である。

さらに座席指定なので、あせって空席を探す必要がない。

直前まで待合室でゆっくりしてられる。

加えて、社内で食事ができる。

新快速では中学生くらいの度胸がないと朝飯は食べられない。

朝がゆっくりでき、睡眠時間が確保され、体力・気力が向上し、仕事のパフォーマンスが上がる。

何分、気合いが大事な仕事である。

このメリットに比べると新幹線代は許容範囲。

エキスプレス予約をすると、ジョルダンの表示よりも安かった。

これはジョルダンが間違っているのか、ネット予約のメリットか。

ジョルダンの金額でやや躊躇したので、JR諸氏、乗り換え検索の金額表示は確認した方がよいと思いますよ。
姫路通い
姫路通いの日々である。

JR在来線で大阪から片道1450円。

日本標準時間の子午線を超える。

さすがに遠い。

座席確保に必死になる。

姫路は京阪神とは違って独立した経済圏と言われている。

駅前の風景も関西風というより、地方風である。

路上でクワガタを売っているおばちゃんにしきりに声をかけられる。

子供狙いではなく、大人がターゲットのようだ。

姫路城を眺めながらタクシーに乗る。

城下町風情を味わう時間はないが、十分に地方出張気分である。
閉会式
朝晩が結構涼しくなり、夏が終わりつつあることを感じる今日この頃。

時差がないのでなんだかんだと見る機会の多かった北京オリンピックが終わった。

閉会式も派手だった。

花火で火事になるんじゃないかとはらはらした。

開会式もそうだが、これだけの見世物をやる国家権力を感じざるを得ない。

権力で富を集中させ、ドバッと一大イベントに支出する。

経済の原初的形態が「贈与」「蕩尽」「祝祭」などであるとの、文化人類学的諸説を思い出す。

胡錦涛さんは、人間のきわめて伝統的な姿を手加減無く体現したのだ。

ロンドンのオリンピックは意地でも地味にやるだろう。

これが知性というものだ、という北京に対するアイロニーが見られるだろう。

では、北京は最後の祝祭型蕩尽的大型オリンピックだろうか?

多分違うと思う。

人間の中味はそう変わらないので、強大な国家権力へのあこがれ、畏れは私たちの心のどこかにあり、それを具現化したくなるリーダーはいつの時代にも現れるだろう。

人々は派手なイベントに酔うだろう。

その有り余るパワーを、戦争に向けることのないようにするのが人類の英知なのだから、それでよいのだと思う。

加護野先生還暦記念カンファレンス2日目
矢継ぎ早に繰り出されるさまざまな研究発表をお聞きした上で、「豊かな知的作業とは何か」を自分なりに考えたので、忘れないうちにメモを書く。

■複雑なビジネスにおいて、何らかのパターンを見いだすこと。

目的は、それを他に適用して、より成功確率を高めようと言うこと。

また、抽出されたパターンを超えるアイデアを考え、弁証法的に発展させること。


■自分だけが言っているのではない、こういうケースがある、データが語っている、という論陣を張ること。

要点は端的なセンテンスになるが、それだけ叫んでも伝わらない。


■That reminds me of

内田樹氏の受け売りだが、"That reminds me of"= そういえばこれとこれが関連するからくっつけてみよう、この会社の仕組みをこっち側にも適用してみよう。


■曖昧さを排除する努力=概念規定

頻繁に「複雑な社会問題」って何?とか、「利他」って何?という議論が交わされる。

言葉の定義(=その言葉が示す範囲)を考えるのは世の中のイメージを明晰にするのに役立つ。


■何に興味を持ってその研究テーマを掲げたか

研究テーマに至る背景を自分自身に突き詰めてみること。

なぜ今の仕事をやっているんだ、ということを考えることも重要だと思う。


以上、ハードな知的マラソンであった。
加護野先生還暦記念カンファレンス
加護野先生還暦記念カンファレンスに出席。

多くの大学先生の研究発表を、これまた多くの先生陣に混じって社会人ゼミ修了生として聴講する。

経営学会の一大勢力であることを実感。

この場に参加でき、人脈を広げられることに感謝。

小生修了は13年前なので、当時の先生が40代であったことに、今更ながら驚く。

説得力、影響力は年齢に関係ない。

自分が確信するものを、ロジックとケースで熱意を持って語ることだけが大事なのだ。

さかした先生の涙と笑いが交錯するご挨拶、かんばやし先生のあらゆるテーマに切り込むコメント力が特に印象に残った。

明日も続くカンファレンス。

頭をクリアにして聴講したい。
鰻屋
土砂降りの雨の中、晩ご飯のために浦安駅前の鰻屋に入る。

居酒屋よりはご飯っぽく、トンカツ屋よりは間が持つ場所、というチョイスである。

鰻というと、「偽装」「中国産」という言葉が想起されるが、それらとは無縁のちゃんとした店(のように見える)である。

やはり客はみんな年長だ。

「うな重+冷酒」のおじさん、「つまみを適当に頼んで居酒屋風」の夫婦連れ、などの粋な状態である。

小生のうな重は、意外に淡泊な味。

何事も本物は上品なものらしい。

一番上質なのを頼んだつもりが、後に来た隣の人が、店の人にいろいろ聞いてより上位品種を注文。

積極的なリサーチマインドが必要なことを改めて学ぶ。

雨が小やみになって、次の人に席を譲るためにお勘定。
ガバナンスの限界
昨晩の夕食の話題は、大阪府政やら環境問題やら。

テナントが埋まらず、府庁を移そうかという話題のWTCの建設にはなるほど、そういう経緯があったのか。。。

お隣のATCはそういう壮大な構想だったか。。。

大阪ドームがなんであそこにできたかというのは、ふむふむそういうことね。。。

怪物と称される仕掛け人がいたりとドラマチック。

プロセスはドラマチックでも、結果として大きな負債となっているのは事実。

組織のガバナンスとしてブレーキが掛けられなかったのか。

権力ある立場の人に強烈な思いがあると、周囲の人はロマンを感じてしまう。

合理的な判断よりも「夢」を大事にしてしまう。

このような集団催眠にかかると、システムでは制御できなくなる。

リーダーの理性や倫理観は、外からコントロールすることはできない。

やはり上に立つ者の人間性が問われるのだ。
サスティナビリティ
ディスカッションの中で、サスティナビリティという言葉が出てきた。

継続性、持続可能性といった意味である。

企業が顧客価値を継続的に提供し続けられる可能性を持っているか、という視点である。

顧客に支持されることが、企業存続の第一条件ではあるが、それだけでは継続した企業の継続には不十分である。

利益を上げられること、というのも一つの条件である。

それ以外にも、原材料を仕入れ続けられるか、ということもある。

レアメタルに依存しているようなビジネス、農作物を原料としているビジネスでは、ここがボトルネックである。

従業員に対しての取組、社会全体への取組も重要だ。

社会に対しては、環境に対する配慮が俄然注目の的になっている。

企業の社会的責任という言い方もあるが、これらが揃っていないと、市場から退場を命じられるという危機感の方が経営的にはピンと来る。

株主至上主義、顧客至上主義と言ったはっきりとした考え方は分かりやすい。

サスティナビリティという複眼的な思考は弱々しく聞こえるが、時代の関心事は、はっきりとこちらに向かっていると思う。
タクシー
大阪に帰ってくる。

空港からタクシーに乗る。

特に不満はないのだが、札幌のタクシーの運転手さんが親切だったので、愛想に欠けるように感じてしまう。

札幌のタクシーは特別なサービスがあるわけではないが、大きな荷物をトランクに収めてくれたり、話し方が穏やかだったりと心地がよい。

腰が低く、強い主張をせず、相手に気遣いがある。

サービスの質というより、大阪とは根本的なコミュニケーションの様式が違うという感じ。

地元である札幌のモードや訛りは、数日間いるととても心地よく聞こえてくる。

地元の言葉でしゃべること自体が、心のリハビリになる。

ホームシックというのはこういうモードやリズムの違いによるのだと思う。

今晩体内のOSを切り替えて、仕事のアプリケーションを起動させよう。
小樽
雨の小樽は涼しいが、寒いと言うほどではない。

道東を夏に旅行したとき、とても寒いときがあったので警戒していたが、むしろ蒸し暑い。

夏はこのくらいがちょうど良い。

小樽の運河を見るのは2度目だが、想像以上に綺麗な風景だった。

昼間は適度な人で賑わい、朝は水面が穏やかで建物を完璧な対象形で水中に映し出す。

人力車が元気よく呼び込みをしているので乗ってみる。

京都や湯布院など、全国10カ所で営業している「えびす屋」という業者さんだった。

割引券は全国で使え、人力車ビジネスの拡大を図っている。

牽き手には女性もいて、坂道の発進は大変そうだ。

さすが小樽、車道に人力車のレーンがあると思ったら、除雪のレーンだとのこと。

夏は雪がないので、ちょうど人力車のためにつくられた車線のように見える。

戦前ニシン漁で栄え、北海道の金融センターで、大正時代に10を超える銀行が軒を並べていた。

突然ニシンが獲れなくなった原因は不明らしいが、その後は観光都市として運河を整備し、古い建物の保存に力を入れている。

ウニやイカなどのすしネタは今も豊富で、ガラス製品も有名である。

幼少の時に引っ越しているので記憶には全くないが、生まれ落ちた町なので、これからも元気でいて欲しい。
ニャロメ
やや旧聞だが、赤塚不二夫さんが亡くなった。

ニャロメやウナギイヌは、子供の私たちの波長にピッタリ合っていた。

その馴染み感ゆえに、子供たちは何の違和感もなく、楽しくハジけた友達として彼らを感じていた。

小学校の図工の時間に、ニャロメばかりを書いて怒られた友人がいた。

当時の子供は、誰もがニャロメの顔は書けた。

要するにウケにウケていた大ヒーローだった。

子供に馴染むものを大人が創作するのは難しい。

赤塚さんが天才と称されることになんの異論もない。

告別式で、タモリが弔辞を述べた。

その一言一句がすばらしい。

磨き込まれた芸人の言葉は、それだけでアートである。

タモリは「私もあなたの作品の一つ」と言った。

プロフェッショナルは必ず誰かの作品である。

自分の存在が誰かの期待の中に先がけてある。

期待は人間をつくる。

その「誰か」をはっきり自覚できることは幸せである。

私は誰の作品なのか、実家への帰り道で考えてみようと思う。
北京オリンピック
北京オリンピックの開会式は凄かった。

オリンピックの開会式をきちんと見たのは初めてだ。

期待感はあった。

京劇の国だし、国の威信をかけているだろうし、派手はショーになるとは思っていたが、その想像を超えていた。

雨雲をミサイルで撃ったり、飛行機の離発着を規制したり、警備の人数が桁違いだったり、マスゲームの要素が強すぎて個人の顔が見えなかったり、選手の存在感が薄かったり、理屈的に批判したくなる点が多々あるが、ショーとしてのクオリティは完璧で、素直に楽しめた。

デジタル風のイメージと漢字の組み合わせ、羅針盤や活版印刷などのヨーロッパに先がけた技術開発の歴史など、伝えたいコンセプトは分かりやすく、その表現がアートとして完成されていた。

コンセプトには政治的な思わくがこってりと入っているが、それをアートに昇華したプロデューサーの手腕に敬服したい。

アートの力は希望だと思う。
すかいらーくとアデランス
すかいらーくやアデランスで、大株主の投資会社が経営者の交代を求めている。

物言う株主は村上ファンドの事例などで「乗っ取り」のイメージが強く、攻める悪者と守る善人に単純化されがちだ。

そういう人情劇の観点ではなく、この2社は様々な点で注目している。

すかいらーくは、労働組合がトップ交代に賛成していることだ。

株主と従業員からダメだしされると経営者に居場所はない。

横川社長はサントリーや伊藤忠商事に支援を求めているようだが、この支援企業にとっても、誰をなんのために支援するのかが分からなくなっているだろう。

従業員の代表たる労働組合が、企業ガバナンスのキャスティングボードを握るケースはこれからも増えるだろう。

アデランスは、報道を見る限り、投資会社のスティール・パートナーズも予想していなかった展開になっているようだ。

もとよりSP社は経営に参加するつもりはなかったが、予想外に前任社長の再任が株主総会で否決され、やむなく役員を送り込む事態になったとのことである。

アデランスのケースで注目なのは、顧客からそっぽを向かれ始めていることである。

新規受注が前年より20%落ち込んでいるが、それは組織のごたごただけではなく、サービスの品質にも問題があるのだろう。

株主、従業員、顧客の3者を上手につなぐのが経営なんだとつくづく思う。


ストリートビュー
Googleマップに「ストリートビュー」という機能が加わったことを知った。

地上にいる目線で街が見られる。

まさに現実がそこにある感覚、バーチャル・リアリティである。

早速事務所付近を歩いてみる。

ばっちり建物が見える。

比較的新しくできた店もちゃんとある。

自宅に行ってみる。

メイン道路から入り込んだところにあるので、玄関までは行けない。

札幌の実家に行ってみる。

しっかりとそこにある。

里帰りした気分である。

バーチャル里帰り。

バーチャル企業訪問、バーチャル散策、いろいろできそうである。

いろいろできそうなあまり、引きこもってしまう危険性もある。

悪いことも考え出すときりがない。

良くも悪くも、ここまでの技術ができ、ここまでやってしまう人がいる世の中になってしまった。

ひとまずこれで何ができるか考えてみよう。
だらしない父親にみる新たなリーダーシップ論の可能性
子供が夏休み中なので、いつもの朝よりゆっくりした感じになっている。

それでも学校のプールやらなんやらで結構スケジュールは忙しいらしい。

従ってあんまり寝坊もできないので、母親からハッパがかかることになる。

家事の手伝いも日課になっていて、ダラダラやっているとマネジャーたる母親からやっぱりハッパがかかる。

やれ、と言われるとやる気がしなくなるのが人間である。

そういうときに父親がいると、わざとだらしない状態を演出する。

服を脱ぎっぱなしにしたりしてみる。

そうすると、子供が待ってましたとばかりに「だめじゃん、これ」と指摘する。

一旦そのモードに入ると、スリッパの脱ぎ方がどうとか、口うるさくなる。

女の子が二人なので、アセッサーが複数いるような窮屈な状況になる。

気がつくと、子供らはとてもテキパキとした良いお手伝いさんになっている。


会社でもこういうマネジメントは「あり」だと思う。
伊丹空港廃止!?
橋下知事が、伊丹空港廃止も視野に入れて空港の将来像を検討するらしい。

ランチで隣にいたおばちゃんも話題にしていたので、関西ではインパクトのある話題である。

国交相は「素人の考え」と一蹴したようだが。

議論において、「素人の考え」という発言は白旗に等しい。

理屈では反論できない正論とのニュアンスを与えてしまうからだ。

橋下さんが一枚上手と見た。

個人的には、近所の伊丹空港がなくなるのは是非とも避けて欲しいところだが、議論を白熱させる問題提起としてはとても良いと思う。

さすが弁護士さん。

タブーをなくして議論をして、その上で伊丹空港存続となれば、今以上の投資も期待できる。

何事も中途半端に存在するのがいかんということだ。

中途半端を許容するのが「大人」であるなら、橋下さんの戦法は子供っぽいが、非常事態にはこういうやり方が良いと思う。

大阪は、あまりに大人な人が多すぎて、袋小路に入ってしまったのだから。
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