インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
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淀屋橋ODONA
地下鉄淀屋橋駅を上がったところにできた、新しいビルである。

「驚き」と「大人」をかけてODONAになったそうだ。

第一音にアクセントがあるのだろうが、平坦に発音すると東北訛りになる。

あまり大阪らしくない音感だ。

アパレルの店があり、レストランがあり、雑貨店があり、本屋がある。

乃木坂のミッドタウンや丸の内のビルの小型版だ。

ビジネス街に商業施設をもってくるというパターンが大阪でも可能かどうかの実験。

本日グランドオープンで、一緒に見学した学生諸氏は、大人がなんか楽しそうにしてますね、との感想。

淀屋橋や本町にはこのお祭り感が欠けていた。

オープン日の高揚感を残しながら、日常のビジネスと融和していくだろうか。

日曜日になると閑散とする場所なので、大丈夫か?という感じもある。

ご祝儀ショッピングで、2Fの雑貨屋さんで天気予報表示のあるしゃれたデジタル時計を買った。

縁日でリンゴ飴を買うのと動機は似ている。

この店、コンランショップやフランフランよりも品揃えが良い。

このビルはこれからも賑わう、と予測しておきます。
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ケーススタディ覚え書き
ケーススタディは、実在する企業の活動事例を題材にして、ビジネスに関する知識、見識を深める学習方法である。

ケーススタディの学び方は3通りある。


一つは、4PやSWOTなどの基本的なフレームワーク活用の訓練である。

フレームワークを用いて状況を分析しやすい状態に整理する。

一定のフレームで整理することで、様々な事業の特徴を見極めることができるようになり、事業の課題と対策案を検討する能力を高めることにつながる。


二つめは、事業を考えるキー概念、例えば「事業ドメイン」や「コア技術戦略」などの典型例を学ぶことである。

キャノンがどのように事業領域を拡張していったかを知ることで、「多角化」という抽象概念をイメージをもって理解することができる。

その概念を自社に適用することで、将来の可能性を検討することができる。


三つめは、現在まさに注目されている企業や製品を題材にして、それらがこれからどのような方向に推移するか、どのような対策を講じるべきかを考えることである。

いわゆるMBAコースで議論されていることは、このようなことである。

一つめや二つめとは異なり、あらかじめ用意されている「答え」はない。

自分なりに考え、自分なりの方法論を築くのである。


これら三つの活用方法のうち、一から三にかけて議論は高度になる。

一はベーシック、二はそのときどきの経営課題に応じて、三は発想を広げ、思考を深めたいときに適用する。


ケーススタディばかりやっていると、机上の空論が得意になるだけで役に立たないという説もある。

何事も作用と副作用があるので、もちろん処方の仕方は重要だ。

ケーススタディの致命的な限界は、状況がすでに記述されていることだ。

リアルな事業は、状況が本になっているわけではない。

突然トラブルが起きたり、知らないところで勝手に売れていたり、誰かがふくれっつらしたりと、とてもリアルタイムに文字にできるものあではない。

まず今どんな状況なのか、ということを自分なりに読み取る作業が不可欠である。

ケーススタディには、その決定的な作業をスルーして、この事業はこんな状況です、という情報が既にパッケージされた状態から始まる。

この限界を理解しないと、勘違いすることになるので要注意である。
金川千尋『毎日が自分との戦い』
信越化学工業の金川千尋社長の『毎日が自分との戦い』を読む。

同社は昨年3月期の連結決算で、売上1兆3050億円、経常利益2470億円(18.9%)と極めて高収益の企業である。

金川氏は90年に社長に就任され、現在に至っている。

株価が下がるので、辞めるに辞められないとの噂もある。

著書の中で、「私の仕事は会社を優良企業にするために「考える」ことであり、時間と場所を選ばない」という一節がある。

確かにそうだ。

文字通り四六時中、経営者の頭のCPUは働いているはずだ。

休日になったらアプリケーションを終了して、会社のことは考えません、とはいかない。

人生のOSとして「事業」があるのだ。

ネットや携帯電話によって、一般社員でも四六時中仕事に追いかけられることが多くなった。

ここはあきらめて、仕事はOSとして常時起動しているものと考えた方がよい。

もちろん、家庭も、自分個人の趣味もOSの構成要素である。

近代社会は、家庭と仕事を、別なアプリケーションであることを前提としてきた。

そうでないと、無制限の過酷な労働という、システムダウンを引き起こしかねないからだ。

しかし、今や家庭と仕事は基本ソフトに入っていて、切り分けられない。

人間のCPUは変わらないが、周辺装置が進化したので、なんとか持ちこたえている。

オーバーヒートしないようにするには、仕事が楽しめなくてはいけない。

忙しくても、精神的なストレスを緩和する術が必要になっている。

上司の理不尽なプレッシャーという、メモリーを大量に消費する処理を軽減することが一番重要かも知れない。
はったり
ワコール創業者の故塚本幸一氏は、創業当時、10年1節の50年計画をつくった。

国内市場から世界市場に展開する、50年後を見据えたグランドプランである。

さすが、名経営者塚本氏と後生からは称えられるが、それを表明したのは、需要を読み違えて在庫過剰になり、資金繰りがにっちもさっちも行かなくなったときだ。

みんなどうしよ、どうしよ、と思っているところに、ミカン箱の上に乗って中小企業の青年社長が50年計画をぶち上げたのだ。

誰もがはったり、もしくは絵空事と感じたに違いない。

しかしその後、ワコールはほぼそのビジョン通りに販路を広げていった。

間違いなく、その50年計画がなければそのような売上拡大はなかっただろう。

だから、「はったり」は必要なのだ。

洒落た言葉で言えば、「ストレッチ目標」である。

なりゆきで経営するか、ストレッチするか。

零細企業は社長のこころ一つである。

大企業はどうか。

ストレッチできる人、それに向けてアクションできる人を登用するのである。

そのような人を、次世代リーダーと呼ぶ。
山本屋
名古屋に宿泊している。

夕食に、名古屋駅地下街の味噌煮込みうどん「山本屋」に行く。

およそ17年ぶりである。

当時営業部門にいた小生と、課長さんと、事業部長さんと入った。

事業部長さんは食べるのが早くて、熱い煮込みうどんを逆流した滝のようにすすり込んでいた。

ビジネスマンたるもの、こうあらねばならないという鑑であった。

皮肉ではなく、当時のビジネスマン競争力はそういうものだった。

事業部長さんには、大変お世話になった。

そのとき教えていただいた、鍋のふたを取り皿にして食べる、という作法を実践している人は少なかった。

一応作法に従って食べてみたが、その必要性はほとんどなかったのでやめた。

20代当時、一人でご飯を食べるには高すぎる店であったが、40代になっても改めて確認。

2000円以上するうどんって、高いよなあ。
アバ
はまぐちさんが、アバのコンサートのパンフレットを持ってきた。

ダンシング・クイーンのアバである。

アバ・ゴールドって書いてあって、ああ、このタイトルのベストアルバム持ってますよ、でも彼らは今何歳なんだろうという話題がひときしり。

きれいだったお姉さんも、もうおばあちゃんだよなあ。

写真は若い頃の写真かなあ、ステージの上で歌ってもそんなにはっきり見えないから、きれいにみえるのかなあ、などと。

そこでふと、パンフレットの一文に。

「これはアバのコンサートではありません」

解釈にしばしの時間を要する。

これはアバのコンサートでないのだ。

そういうや、2文字目のBが逆を向いていない。

「あのとき」のアバの盛り上がったコンサートを「再現」するショーなのだ。

アントキノ猪木はお笑いだが、あのときのアバはれっきとした一大ショーなのだ。

これでまた、仕事そっちのけで大放談会。

このパターン、他でもありなのか。

キッスやベイシティローラーズもあるぞ、きっと。

生身のアバが商品価値なのではなくて、あのときの盛り上がりが商品で、それを再生産するビジネスモデルだ。

消費の関心が「もの」から「こと」へ移っているというのが一般論だが、これは「こと」の量産化だ。

ラスベガスモデルとでも呼べばよいのだろうか。

なかなかすごい話だ。
工人舎
新たにパソコンを買ってしまった。

工人舎のSA5KX08AL、7インチ画面の小さいやつである。

移動中や喫茶店でテキストを吐き出すためのギアという位置づけである。

現存する(小生が保有する)コンピュータを小さい順に並べると、およそ次のようになる。

携帯<W-ZERO3<★<B5ノート<A4ノート

W-ZERO3は、ウィルコムのPDAで、メールチェックや簡単なメール返信に役立っている。

しかし何分、2本の親指で打つので長文は無理だ。

とはいえ、メインマシンのレッツノートを常に持ち歩くのもたいそうだ。

そこで★のジャンルの出番である。

数年前までは、シグマリオンを使っていた。

こいつの問題は、キーピッチが小さすぎて、思ったようなキー操作ができないこと。

メインがテキスト打ちなので、これは致命的だ。

そして今回の工人舎。

これは爆発的に売れると思う。

キーが抜群によい。

普通にシャカシャカ打てる。

キーだけなら、レッツノートより好みである。

サイトを見ると、新型パンタグラフキーボードとのこと。

さらに値段。

59,800円。

これは安い。

さすが、ソーテック出身者が作った会社。

その他の機能も充実してOSはXP。

ソフトはグーグルからスタースウィートを無料ダウンロード。

あとはATOKだけ。

テキストを吐き出す仕事の人のサブノートとして、遂にスペックが整ったマシンが登場したことを喜びたい。
マイケル・E・レイナー『戦略のパラドックス』
戦略には、不確実性とコミットメントのパラドックスがある。

先のことは良くわかんないけど、こっちに行けば大丈夫、元気を出していこう、と旗を振らなきゃならないと言うこと。

その道が合っていればよいが、間違っていると手痛い目に遭う。

インディ・ジョーンズのように何をやっても命は助かるという訳にもいかず、常に危険がつきまとう。

絶対この道を進むんだ、とアジっておいて、明くる日には手のひらを返したように軌道修正をする必要が経営者にはあるのだ。

こういう世の常を何とか渡っていくためには、多様なシナリオを作っておくことが必要と説いている。

リアルオプションという小難しい話に後半は突入するわけだが、題材になっているソニーの事業のオプション(行く末に起こりそうなことを洗い出して確率変数を与えて計算する・・・)をまじめに考え出すと、シナリオを作っているうちに日が暮れる。

台風の進路を計算している内に通り過ぎてしまったという昔話を思い起こさせる。

計算尽くでは限界がある場合の対処方法は、いろいろな馬を買っておくということだ。

投資も分散させることでリスクを減らす。

リスクを減らすために事業のポートフォリオを持つことと、利潤を最大化するウェルチ流の「集中と選択」の共存が課題になる。

当たり前の結論に至るが、その過程で頭の整理になるのが戦略論である。

ミンツバーグ『戦略サファリ』と併せて読むと、戦略論のバリエーションが概観できて、理論武装しなきゃいけない職種の人にはお奨めである。


さて、この本は神大の三品教授の書評を読んで購入した。

購入した後、書評の文面を失念したので、図書館でチェックしてきた。

自分の頭の中と書評を比べて、読み方がどう違うのかを確認するのは、良い訓練になる。

ちなみに、「パラドックスを緩和したければ経営者は自ら戦略を立ててはいけないとする主張は、私もはっとさせられた」というくだりに、三品先生の思考回路を垣間見たような気がした。

あと、最初の章だけ読めばいいんじゃないといった部分は大きく共感。

この本、分厚すぎますから。
掲示板が苦手な訳
ネットの掲示板は苦手である。

当事者ではなくても、個人を攻撃した嫌な書込があると、暗い気持ちになる。

最近はヤフーのニュースにもいろんなコメントが付いていて、見たくもない発言を目にしてしまう。

なぜ、そんなに嫌な気持ちになるのだろう?

自分だって人の気に障るようなことはしょっちゅう考えているくせに。

しばし考えた結論としては、自分が思っていることだからこそ、気に障るのだ。

自分も思っているが、口には出さないこと。

それがあからさまになるのが嫌なのだ。

普段、僕らは頭の中にいろんな言葉をとどめて、心のフィルタをかけて、人に伝えても良いものだけを体の外側に出してコミュニケーションしている。

他の人とフィルタが大体共通だから、円滑なコミュニケーションができる。

そのフィルタを文化と呼ぶ。

たまに違うフィルタを持っている人がいると、仕事がやりにくくなったりする。

さらにネット社会は、そのフィルタ自体が存在しないような言葉が目に入ってくる。

今まで内側からしかやってこなかったものが、外側から来るので、不意打ちを食らったようにダメージがある。

食事中に人体解剖図を見るようなものだ。

ネット社会は、好むと好まざるとに関わらず、自分の内臓を見ながら暮らすようなものなのだ。

それに慣れなきゃ仕方がない。

もう後戻りはできないのだから。
肩たたきマッサージャー
プロ野球の世界では、アッパー40歳の選手が随分と増えた。

タイガースでは、ご存じアニキや下柳投手がバリバリの主力である。

奇跡に近い同い年の現役選手には、ハマのおじさんこと、工藤投手がいる。

彼らに共通(下柳選手は?だが)するのは、体のメンテナンスに細心の注意を払っていることだ。

「断食」とか「酸素カプセル」とか、一世代前にはなかった科学的な方法にどん欲に取り組んでいる。

食生活、住環境、プレーの質などが変わるにつれ、体の手入れ方法も変えていくことが長寿選手の秘訣であろう。

自分をベストコンディションにもっていける技術が、相当の競争力を持つ時代である。

翻って、われらビジネス界ではどうか。

20年前と比べると、パソコンやメールや携帯電話で、仕事スタイルは随分変わった。

それと共に、市場環境が厳しくなり、仕事が随分忙しくなった。

体と心の病にかかる人が必然的に増えている。

産業医の配置や人間ドックの奨励などの措置は当たり前になってきたが、さらに一歩進んでワークプレイスの進化も必要である。

前置きが長くなったが、わがオフィスの福利厚生策として、「肩たたきマッサージャー」を購入。

手に持って肩に乗せると振動で叩いてくれる、でかいラムチョップみたいな電機製品である。

酸素カプセルほどの効果は望めないが、頭への血の巡りを良くして、ビジネスマンとしての価値と賞味期限の先送り化を願っている。
写真を一新
会社のホームページの写真を一新した。

トップページは今まで通りだが、中の写真はほぼ前面改訂。

カメラマンのハラダシンジさんにオフィスに来ていただき、仲間のメンバーやオフィス風景を撮っていただいた。

もちろん、てぃーんずぶるーすやキャンディの人とは違う。

京都在住のカメラマン氏である。

写真は、プロとアマチュアで驚くほどの差がある。

特に人物写真は、いい表情をつくっていただく技術が大事になる。

ハラダさんは、ハラダさんが思ったその人の印象や、その人がこう写りたいと思う雰囲気を聞き取りながら、表情のつくりかたをディレクションされる。

表情は人の目からしか分からないので、ディレクションは絶対的に必要だ。

表情という、決定的に大事なことが、自分自身では直接確認することができないというのが、この世の面白さである。

さらに、みんなで白熱した議論風景を撮るというのも難しい。

わざとらしさが出て、議論にならない。

そこに工夫が必要になる。

ミーティングテーブルを囲んだ写真で、何を話していたかは秘密だが、写真になるとそれなりに高尚な議論をしている雰囲気になる。

写真は、一瞬を切り取った、いわば虚像であるが、自分がこうありたいというイメージ形成ができる。

普段は体の内側でぐずぐずと付き合っている自分を外から確認する、大事な全体パース図だ。

ああ、俺たちって、結構良い表情してるなあ、というのが僕らの手前味噌な感想である。

3時間撮りまくっていただいて31,500円。

破格だと思う。

今ひとつ、チーム運営が盛り上がっていないマネジャーの皆さん。

職場にハラダさんを呼んで、いい表情の写真を撮ってもらうことをお奨めします。

そして、一番いい写真を引き伸ばして壁に貼っておきましょう。

他の誰でもない、自分たちの笑顔を目標にすることができます。
デザインとアートで経営を変える
昨日は男前経営塾例会。

東京からお越しのうちださんを講師にお迎えして、話題も酒量も豊富な堂々6時間セッション。

うちださんは弊社のロゴや、印刷物のデザインワークをお願いしています。

勉強会のコメントは男前サイトにもアップしていますが、ここに再掲します。


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内田さんはアーチストではなく、アートディレクターであります。

そこのところが、非常にクリアになりました。

岩井俊雄さんとのコラボなど、社会的に非常にプレゼンスの高い仕事をされています。

クライアントとアーチストの両者を満足させるディレクションは、ビジネスとアートの両方に通じなければできないこと。

その仕事はまさに内田さんならではだと思いました。

デハラユノリさんとスズキリエさんの"VOLTAGE ARTBOOK"もいただきまして、感謝です。

デハラさんのケーキーズはすごいなあ。

東京のダイナミックさも改めて認識。

望月さんの建築家ビジネスとの対比も大変面白かったですね。

建築は動くお金がハンパじゃないので、仕事の「重さ」が違いますね。

ベアリングメーカーのNSK社がベアリングを使ったアートを展示するDVDも見ましたが、地味なメーカーがアーチストとのコラボレーションで、自分たちの仕事の意味を再発見するという試みはとても大事なコトだと思います。

アーチストは意味を掘り起こしてくれる触媒です。

そういう方々と生産性一辺倒になりがちなビジネスパーソンとの出会いを、内田さんがどんどんつくられることと思います。

こういうお仕事も、出会い系と呼びましょうか。
ニュートロン・ジャック
GEに関する過去の映像を改めて見る。

ジャック・ウェルチさんがGE会長に就任されたのは45歳。

なんと今の私とほぼ同い年ではないか。

密かに心のライバルとする。

言うまでもないが、氏は80年代・90年代を代表する経営者。

事業の売却・買収をダイナミックに行ったので、建物だけを残し、人を消し去る「中性子爆弾」にたとえられ、「ニュートロン・ジャック」と呼ばれた。

このネーミングを考えた人のセンスは素敵だ。

投資家利益を追求すると同時に、有名なクロトンビルで人財育成にも注力した。

「にも」ではなく、これが最も重要な仕事であった。

人が財産、という経営者はたくさんいる。

でも、その財産の増やし方を実践している人はそう多くない。

氏はそれを徹底的にやった。

GEで働くと言うことは、その教育コンテンツに触れられることを意味する。

いつか部門ごと売り飛ばされるかも知れないが、そこで得られた仕事体験は個人のケイパビリティとして、市場を生き抜く強力な武器になる。

退職金以外に何を渡せるか、が人を惹きつける鍵になる。
戒め
忙しくなると、仕事がいやになったりします。

初心忘るべからず、ということで、自分に対する戒めを言葉にしてみました。

・理不尽な介入、思惑の斟酌をすることなく、自分の力量で企画を立て、報告をし、世の中に向き合えることを喜ぶこと。自分の力量により、自分の運命が委ねられていることを喜ぶこと。新たな企画・配慮の行き届いた運営・アイデアのある報告といった顧客価値に自分のエネルギーが集中され、人生の時間を価値あるものに投入できていることを喜ぶこと。

・空白だらけの手帳に数少ないスケジュールが書き込まれたときの感動を忘れないこと。社会との関わりがほとんどなかったときの人間関係ほどありがたいことはない。誰かとなんらかの関係があることだけが生活の糧であり、それがあることに感謝すること。

・不測の事態、予期せぬ障害、突発的なできごと、やっかいな依頼ごと、こういうことが次のチャンスを開くことを忘れないこと。予定されたルーチンの業務に差し込まれるトラブルこそが、チャンスの種であり、それがなければ発展はない。予定外のことこそが将来には大事であることを強く意識すること。
SPD-SL
自転車のペダルをSPD-SLというタイプに換える。

それに合わせた靴も仕入れる。

この靴の底はグラスファイバー製で、しかも穴が空いている。

足元から「歩く」という機能が排除され、「漕ぐ」ことの専用マシンとなる。

これで、日常の移動道具としてのベネフィットが消え去り、純粋なスポーツのギアとなる。

スキーやスノーボードのように。

実際、ルックやスコットといった、北国育ちには馴染みのメーカーも自転車ビジネスのメインプレーヤーだ。

イタリアでは、昨日からジロ・デ・イタリアが始まった。

今年のツールでは、間違いなく一番面白くなる。

自転車の季節の本番到来である。
『フューチャリスト宣言』
WEB論の第一人者梅田望夫氏と、テレビに相当出ている脳科学者茂木健一郎氏の対談。

梅田氏はシリコンバレーの視点から、茂木氏は脳科学者というより、ケンブリッジの留学経験と大学運営の理不尽さの観点から、いわゆる「WEB2.0」的世界を論じる。

梅田氏は新しいカルチャーを生むシリコンバレーのダイナミズムを称え、保守的な日本の短所を指摘する。

茂木氏は、WEB、特にブログは、言語を手にした以来の人類の大発明として、知的生産活動が大きく変わることを説く。

彼らのラジカルな論点は、何となく理解していたつもりの「WEB2.0」的世界に対する、より広い可能性を感じさせる。

最近では珍しい欧米礼賛の視点ではあるが、小生には相当インパクトがあり、これからの行動にいくらかの修正を迫られた感がある。

グーグルに代表される検索エンジンにより、知的コンテンツの修正の仕方に大変革が起こった。

誰かが(権威が)一元的に知識を持つのではなく、wikipediaのように、誰もが部分的に知識を提供し、結果としてこれまでの百科事典を凌駕する知識が共有の財産になる。

知的貢献をした人達は、ある種の絆で結ばれ、賞賛されることで満足感を得る。

出し抜いて利益を上げようという商業主義的インセンティブとは違う価値観が前提にある。

知識は独占するものではなく、広く共有するものなのだ。

ただ、この共有感は、ビジネスの基本原理とは矛盾する。

ビジネスは、競争優位という言葉があるように、優れた差異があってはじめて利益を上げることができる。

誰と知識を共有し、誰と競争し、差異を設けるか。

誰が仲間で誰が敵か。

社内、顧客、競合の垣根が溶けていくのは間違いない。

そのときにどのような理論がバックボーンになり得るのか。

年度末を終えてぼやっとした頭に、知的なハンマーをくらった一冊だった。
船場吉兆
船場吉兆の食べ残し使い回し事件は思わず笑ってしまう。

きれいな状態の食べ残し(手つかずというらしいが)はもったいないので再利用した。

中途半端な食べ残しも工夫して出していたらしい。

なんたることか、けしからん、という世論だが、もったいないという精神性も理解できなくはない。

家庭の食卓では普通に行われていることだ。

そうでなければ逆にけしからん。

他人が食べたものは衛生上問題があるという論点もあるが、雑菌がないなら使い回しても良いと言うことではないので、これは精神性の問題である。

店では、1回客前に出されたものは、決して他の客には出ないという「常識」がある。

オーダー間違いで違うテーブルに言っていたやつがそのまま運ばれてくるのも、あんまり良い気持ちはしない。

ましてや高級料亭で使い回しなんて、ということだ。

手つかずでも捨てる、というのが正しいオペレーションだが、顧客の要求を満たすと環境によろしくない。

人間と自然の共存問題は市場原理では解決しにくい。

われわれにできるのは、出されたものは残さず食べると言うことか。

でも、これもメタボ的には問題だ。
食糧危機
昨日は半日かけて、ハードディスクにため込んだ映像資料の整理。

1ヶ月以上前のニュースを確認して、保存するものと捨てるものを選別する。

日銀の総裁が決まらなかったり、ガソリンの値段が下がったりと、そのレベルから政治は全く進展していない。

気にとまったニュースは、世界の食糧危機に関するもの。

「自動車の燃料タンクを満たすのではなく、胃袋を満たすために穀物は使われるべきだ」という主張が記憶に残った。

地球環境を守るエース的存在として登場したバイオ燃料が、人間から食料を奪う事態を引き起こしている。

化石燃料というストック資源を掘り起こすのではなく、植えて刈り取るという植物のフロー資源に移行することが環境保全の切り札。

その技術的解決策ができた矢先に、市場原理の装置が、今の人間の数を養えないというシグナルを送る。

これは神の強烈な皮肉である。

絶対的なエネルギー需要を減らさないと根本的な解決にはならないのだろう。

経費節減のかけ声と妥協的な目標値でも、会社の規律を保つことはできる。

しかし、本当にキャッシュが足りなくなったときは、人員削減や設備売却でキャッシュフローを確保しなければ組織は死んでしまう。

環境が、「規律」の問題ではなく、「キャッシュ」の問題にいつ変わるのだろうか。

そのとき、誰が人間のリーダーとして、ゴーン改革に踏み出すのだろうか。
花畑牧場
タレントの田中義剛が経営(運営?)している花畑牧場というのが北海道土産で人気らしい。

手作りの12粒850円の高級生キャラメル。

新千歳空港で出せばすぐ売り切れる。

マーケティング界注目のジャガポックルなど、北海道土産ルートは話題が多い。

設備の立ち上げには2、3億円かかった。

タレントプロダクションの社長が出してくれたそう。

社長さんの言葉がいい。

「アーティストは著作権があるから後々も食っていけるが、タレントは何も残らない。
事業をやって、権利として将来に残ることをやれ」

タレントを消耗品でも投資対象でもなく、人間として将来を案じてくれる。

こういうスタンスの経営でありたいものだ。

トーキョー・ドリーム
昨晩きまたさんと夕食。

経営がどうやらビジネスモデルがどうやらと、云々かんぬん。

氏がおっしゃっていた東京と大阪のビジネスの違い。

東京は山手線内に企業が集中しているので、今晩8時から集まろう、という急な呼びかけでも結構人が集まる。

関西だと、企業が京都・大阪・神戸に分散していて、集まるのがなかなか大変だ。

東京はすぐ近くにいろんな職種の人がいて、雑談の中でプロジェクトが進行することが結構ある。

その機動性が東京の長所。

したがって、住む場所も都心が良い。

しかし、それには金が要る。

かくして、都心に住めるリッチな人には情報が集まり、ますますリッチになるチャンスが広がっていく。

関西から東京に進出される方、このことはかなり重要なポイントだと思います。
モンブラン・バームクーヘン
昨日、はやしやまさんより、京都北山の有名店マールブランシュの手みやげをいただいた。

モンブランが有名らしいが、日持ちしないのでバームクーヘンをチョイスされたとのこと。

本日中を開けると、形は当然バームクーヘンである。

アルバイト諸氏と1/4ずつ食す。

うまい。

大人の味だ。

なんとなく栗の香りがする。

改めて箱を見ると、「モンブラン・バームクーヘン」とある。

名物をバームクーヘンの中に織り込んだ、手の込んだものだ。

見た目の素朴さと、味わいの複雑さのギャップが良い。

華美なギャル的なケーキとは違った、落ち着きのある大人を彷彿とさせる。

あるいは、規律の厳しいセーラー服をまとい、一見純朴だが内に熱い恋心を秘めた女子高生だ。

バームクーヘンは、クラブハリエなんかも人気で、俄然注目アイテムである。

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