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インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
北緯50度
元旦は朝から酒を飲むことが許され、かつ飲まなければいけない日。弟のよしきさん調達の日本酒「東一」「東洋美人」をおいしくいただきました。

殆ど何も考えていない一日ですが、少々の話題を。

父が生まれた樺太の写真集を見て、はじめて樺太の地理を学ぶ。日露戦争で領土を獲得して二次大戦で失った短期間の国土。国境がある世界。北緯50度の直線で切られた人工的な境界線。祖父や祖母はその間に渡って引き上げてきた歴史を持っています。すでに鬼籍に入っていますが。

自分の知らない、多分多くの日本人が知らない故郷の感覚を父は持っているはず。できる限りのその感覚を想像の世界で組み立てたいと思います。
10代感覚
大学院の恩師を訪ねて六甲台へ。

途中阪急神戸線に乗っていた中学生(高校生?)の男の子のズボンがずり落ちそうで気になってました。

10代には10代の価値観があって、おっさんから見ると”いかがなものか”的着こなしは時代を繰り返すのでしょうね。

今日は凄く寒い日でしたが、北海道の高校ではコートもろくに着てなかったですしね。学ランの下にトレーナー着る程度で、手袋もせずに良く過ごしていたなあと思います。やっぱり10代の頃の感覚というのは今思うと独特でした。

北海道とは比較にならないほど温暖なはずの大阪で、コートのボタンを上まで留め、マフラーと手袋をしても今日はまだ寒かったですね。タイツいるかなあ・・・。

明日も寒そうなので十分な対策をしようと考えています。
文章を書くということ
30歳で会社を辞め、社会人大学院に入学したとき、いくつか目標を立てて壁に貼っていました。

残念ながら内容は忘れましたが、1つだけ覚えているのが、「思考のスピードとキーボード入力のスピードを合わせられるようになること」

小っちゃな目標ですが、職業としてコンサルタントを目指していた頃、こういったスキルが必須のように思えました。結果、必要だったんですけど。

当時持っていたパソコンはハードディスクなし! 初めてパソコンを買うときに雑誌をいろいろ調べていたら、「個人ユースにハードディスクは必要ない」とあったのを真に受けました。

フロッピーディスクが2枚使えるのですが、漢字変換でいちいちフロッピーを見に行くので動作が遅いことこの上なし。キータッチが早くなった分、変換が追いつかず、睡眠時間が削られるという事態に陥りました。

で、5万円くらい出してRAMボードというのを装着し、変換辞書をそこに置いて何とか解決。

・・・ここまでは昔話。


修士論文を書いたのですが、ビジネス上の箇条書きスタイルに慣れていたので、長文を書くことが苦痛でした。

今でも本の原稿を書くときなどは、箇条書きでアウトラインをつくって、それを文章化するという方法論をとっています。

効率は良いのですが、文章を作り込む段になると単純作業のようで忍耐が要ります。

ブログのように、論理構成を問われない文章を書いていると、書きながらいろんなことを思いついて、いつの間にか予期せぬ展開になることがあります。

散文的な文章を書くと言うことは自分との対話であって、思いもしなかった発想やストーリーになることを楽しむことなんだなあ、と本日電車の中で考えました。


回りくどい話になりましたが、「文章を書くことが楽しいと思えるようになった」ということが本日の主題でございます。
キーワードでつながる縁
久しぶりにチャリ通勤。夜に梅田で集まりがあるのを忘れていて、思い切って梅田まで自転車。長距離なので、お尻が痛くて参りました。

昼間に突然のメールにびっくり。当ブログの左上にあるメール機能から初めてのメール。卒業してから一度も会ってない大学の時の友人から。結婚して姓が変わり、中学生のお嬢さんがいらっしゃるとのこと。

コンサルタントというキーワードで検索していたら当ブログが現れたらしい。凄い世の中ですね。ブログやってなかったら間違いなくこのコミュニケーションは存在しませんでした。感謝。

ブログにお越し頂く人の足跡を見ると、いろんなキーワードで検索されていらっしゃることが分かります。引っかかる当方の記事もバラバラです。

まるで、これまで書いた記事の言葉の集合体が私そのもののような感じです。その中の言葉を媒介にして意外な人とつながり、新しいコミュニケーションが生まれています。言葉が人間関係のメディアになっています。しかも、時空を超えて

ブログと検索エンジンが取り持つネット社会ならではの縁ですね。
新入社員の時は尖ってた
前職で大変お世話になった先輩が退社されるとのことで、送別会に呼んでいただきました。

役員さん含めそうそうたるメンバーの中、新入社員に戻ったような感覚で楽しく過ごさせていただきました。いしいさん、今後のご活躍をお祈り申し上げます。今後とも家族ともどもおつきあいのほどよろしくお願いいたします。

どれだけ小生が主張の多い新入社員だったかといった昔話に大笑い。今考えると不必要に尖ってましたね。皆様、その節は大変ご心配おかけしました。今では立派に?経営に苦労しております。

昔話も、精神の健康増進にはいいですね。たまにはすべきです。

今日の場でお配りしたのが「ブログ名刺」





とりあえず生きている証としてブログを見てくださいと。売り込みするほどでもなく、近況を知らせたいときにブログは最適ですね。年賀状を毎日送っているような感覚で。

親しい方への改めてのご挨拶に「ブログ名刺」はお奨めです。
学食カレーの考察
子供らと一緒にカレーづくり。包丁や火を使わせたりして、楽しくも賑やかなキッチンになっております。

カレーにまつわる記憶として、学生時代の学食のカレーが不味かったことがあります。不味いというより味がない。ウスターソースをドボドボかけて食べておりました。

一人暮らしのアパートで、市販のカレールーを買ってきて自分でつくったらそれが結構美味かった。普通につくれば美味いじゃん、というのが18歳の経験でした。肉を炒めて醤油をかけりゃそれなりの味。なのに学食の定食はなぜあんな味になってしまうのか、という疑問がありました。

普通につくれば美味いものを、プロの手にかかったものがなぜか不味い、というのは世の中たくさんあります。家庭菜園で採れた不格好なトマトはスーパーのよりも味が濃いし、たまねぎから炒めて時間かけてつくったわが家のカレーもなかなかのもの。

結局、プロは事業採算という制約の中で、本来実現できるはずのクオリティを犠牲にしてしまうことがあるのです。当時の学食は、技術を「おいしい」方ではなく、「大量・均質かつ低コストにつくる」ことへ向けていたわけです。

技術を「顧客満足を増やす」方に利用するか「コストダウン」に利用するか。

「成熟した市場」という言い訳の中で、技術を安直に業務効率の改善のみに結びつけていないか、心する必要があります。
樋口可南子
この名前にピンときたらオジサン/オバサン?

会社の20代若手氏とディスカッションしていたら、「樋口可南子」を知らないことに愕然。早速googleで検索するも、「カナコ」の字が彼らは分からず。小生が的確に「可南子」を指示。世代の違いを痛感です。

サイトの情報を見ると昭和33年生まれ。そりゃ彼らにしてみりゃただのオバサンですよね。下手すりゃお母さん?

独特の雰囲気で「大人の女ここにあり」的な存在感があって、ヌード写真集で世間を騒がせ、われわれ世代では間違いなくすべての男のあこがれだった!と叫んでも彼らの耳には素通りしますね。

オンワード樫山「23区」のイメージキャラでもありました。さらには糸井重里氏の奥様であったとことも本日再確認。

芸能人やブランドに対する認識は世代で違います。"TOMMY HILFIGER"なるブランドも、アメリカ赴任帰りのオジサンが好んで着てる服かと思いきや、ミニスカートの若き女性が群がる店になっているとか(一部名古屋での目撃情報です)。

世代を超えて会話をし、広く見聞を持つことが何事も必要です。