インターナル・マーケティングの覚え書き。毎日のできごとを少し深く考えた、ビジネスのヒントを提供します。
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MacBook Air
アップル社ではiPad2が話題である。

店頭で触ってみると少し軽くなったようだ。

しかしながら今はそれに興味はない。

関心はただ一点、本日ついにMacBookAirを買ってしまった。

いきなり電車の中とかでがしがし使っているわけだが、評判に違わずすばらしい。

ディスプレイの解像度と見やすさ、キーボードの打ちやすさ、立ち上がりの速さ、どれをとってもメインマシンにしているレッツノートを遙かに凌駕している。

特に懸念していたキーボードはすばらしく打ちやすい。

自称キーボードマニアとして、これまでのモバイルPCのレベルを超えている。

ワイド画面の解像度は、A4のドキュメントを2ページ並べて編集ができるレベル。

4:3ではこれがきつかったのだ。

さらにタッチパッドも直感的で、マウスがなくても仕事ができる、いや、マウス以上である。

電車の中でさっと出して使えるのはポメラ並み。

一度惚れると恋は盲目、アバタもエクボなのだ。

レッツノートは機能が良く、仕事道具としては非の打ち所がないのだが、残念ながらそれ以上ではない。

レッツノートにお世話になって3台目。

水をぶちまけたときもデータは無事だったし、感謝以外の言葉はない。

ところがiPhoneやiPadの操作性や画像の鮮やかさに慣れてくると、長く連れ添ったマシンのあらが見えてくる。

顧客経験とは恐ろしいものだ。

5年前にはなんの不満もなくいつでもどこでも使っていたマシンが、大型モニターやフルサイズのキーボードをつながないと使いたくなくなっている。

かくして、レッツノートはデスクトップ扱いのメインマシンとして位置づけ、連れ添うマシンはAirとなった。

目下の懸案事項は半年ほどお供していただいたVaioPの処遇。

デザインはいいし軽いしキータッチも良いのだが、いかんせんディスプレイが小さすぎる。

さらに言うと、小さすぎるので膝の上で使いにくい。

鳴り物入りで採用した手前、ベンチを温めるには惜しいがどうしたものか。
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デジイチを久しぶりに手にして
子供の運動会の楽しみの一つは、あまり出番のないデジタル一眼を使うことができること。

ダブルレンズキットの長い方を装着して競技に備える。

久しぶりに使うので、露出の補正や連射の機能など、説明書を事前に読む。

スポーツモードというので撮れば良さそうだ。

どうも「○○モード」で撮るのは「負け」のような気がするが、少なくともそのモードがどういう設定になっているのか知っておこう。

機能が豊富なだけに、操作は結構分かりにくい。

ベンチマーク対象はリコーのGRデジタル。

こいつはシンプルでカメラ心をくすぐるようにできている。

リコーのエンジニアと対話をしている感覚がある。

こういう使い方がいいですよ、なるほどそうですよね、という阿吽の感覚だ。

一段明るくしたいときありますよね、そのときはこのボタンでほら、とか。

エンジニアがこだわりの基に開発している気配を感じることができる。

エンジニアのニヤニヤ感が共有できるのだ。

デジイチはKISSというエントリー機だからかも知れないが、こういう対話感がない。

エンジニアに使い方を尋ねても、これもできるしあれもできるという返事しか聞こえない。

エンジニアは理屈で機能をねじ込んだが、きっとニヤニヤはしていない。

だからこちらもあまりニヤニヤしない。

速いオートフォーカスとか、連射スピードとか、そういうスペックがこの機械の存在価値だ。

たまに使うのは楽しいのだが、自分との一体感がない。

単に自分はターゲットでなかったということかも知れない。

しかし、「マーケティング3.0」などで言われていて、かつ自分でも実感することは、消費者はモノの機能を使うだけでなく、モノを通じて開発者と対話がしたいのだ。

開発者や企業のアイデア、こだわり、思想を感じたいのだ。

「ほら、この操作感いいでしょう」「そうですね、ここにボタンがある方がいいですよね」

マーケティングの教科書は顧客ターゲットを絞り込めとある。

顧客像をリアルにすることで、マーケティングミックスの整合性が取れるからだ。

顧客側も、リアルな開発者像を想像したい。

そして、こいつ分かってるな、とニヤリとしたい。

製品の利用を通じて、リアルな開発者とリアルな顧客が対話する。

モノはそのようなことを実現するための媒体なのだ。
VAIO P
新しいiPhoneがブルートゥース対応なので、折りたたみキーボードを持ち歩けばどこでも長文作成が可能になった。

はしもとさんから格好いい"Think Outside Keyboard"を借りて繋げてみる。

もちろん十分な機能だ。

問題は膝上で打てないことか。

贅沢を言えば、画面がやはり小さい。

勢いで買ったiPadは画面こそ大きいが、重すぎる。

テキストを打ち始めるまでのセッティング作業が思考の流れを途切れさせる恐れも。

そんなたいそうな思考の流れではないのだが。

外出先でのテキスト作成はこれまでポメラの役割だった。

2代目のやつは画面も大きくなり、質感も良くて満足度高かったのだが、いかんせんネットに繋がらないのはハンディだ。

ネットに繋がらないという、文章書きに集中できるメリットを実感していたものの、実務的にこれはつらい。

USB接続あるいはマイクロSDを介して取り込むより他ない。

テキストを2次元バーコードに変換できるというウルトラC機能はあるが、煩わしい。

そんなことで、iPhone4になれば外付けキーボードで問題解決と期待していた。

ところが、上記のようなことで十分な機能とは言い難い。

意思決定の選択肢は二つ。

(1)我慢してポメラやメインマシンのレッツノートを使う。

(2)新しいソリューションを探す

子供の頃、優等生的に我慢を享受してきた反動で(1)はない。

かくして、懲りもせずネットブックコーナーをうろうろする。

満足基準を超えたのがソニーの"VAIO P"。

楽しいデザイン、横に広いキーボード、SSDによる高速処理。

ネットのオーナーメイドなら6万円台で入手できる。

10月1日頃到着予定とのことだ。
Apple Wireless Keyboard
気にいった筆記用具をいつも持ち歩いている。

特に珍しい話ではない。

なぜそうするのか?

その道具で書くのが気持ちいいからだ。

小生の場合はペリカンの万年筆である。

ところが、仕事でものを書く機会はパソコンが圧倒的に多い。

そのインタフェイスはキーボード。

残念ながらキーボードはパソコンにくっ付いているものなので、自由に選べない。

それでも、富士通製のキーボードを外付けして、必死の抵抗を試みている。

こいつはキータッチが抜群に良い。

会社と自宅に同じものを置き、それ以外のタッチは受け付けない体になっている。

このキーボードに唯一かつ甚大な欠点がある。

デザインが悪い。

機能が良いからという言い訳を絶えず心の中で呟かざるを得ない。

そんなときに、iPad用としてアップル純正のワイヤレスキーボードを買った。

ちなみに、iPadのソフトウェアキーボードはでかいだけiPhoneよりましだが、ブラインドタッチは無理だ。

ちょっとでも違うキーに触れると反応するのでストレスが溜まる。

そこでワイヤレスキーボードだが、キータッチもよく、テンキーがないのでコンパクト。

これは使える。

なによりもデザインが良い。

これなら持ち歩いて、いつでもどこでも使いたい。

ようやく携帯する筆記用具の域に達したか。

レッツノートにbluetooth刺して使ってみる。

快適だが、突然キーが押しっぱなしになる現象が起こる。

ドライバーの不具合のようで、これは解決しないといけない。

さあ、これでまたアップルの侵略が一歩進むのか、結局機能優先で昔の鞘に収まるのか。

果てしないガジェット探索の人生は続く。
ペットとしてのiPad
とんぼ返りの出張から帰ってくると、お待ちかねの小包が届いていた。

2010年5月28日、米国以外で一斉にiPadが発売され、荷物もそれに合わせて届けられたのだ。

メールをささっと打って、トイレに行って用をたし、コーヒーを入れて準備万端。

オフィスの仲間二人が見守る中、代表して封を開ける。

一つの商品を手にするのに、これだけワクワクするのはいつ以来だろう。

ま、多分に報道に踊らされているだけなんですがね。

1日ほど使ってみた感想。

キーボードがないと、画面が近い。

字もでかいし写真もでかい。

画面との距離感が新鮮だ。

本や新聞や雑誌に充分なる。

試しに買った1600円の元素図鑑は噂に違わず素晴らしい。

こりゃあ紙の本は大ピンチだ。

でかい画面を手で触りながらの操作は、まるで素手でカレーを食べる感じ。

iPhoneと同じなんだけど、画面が大きくなると全く違う経験になる。

手描きメモもいける。

これも指でやるので、原始的な感覚だ。

仕事で使うのはまだちょっと勇気がいるけど。

とにかく両手でベタベタ触りまくる。

さらに足の上に乗っけるので、スキンシップが濃い。

ペット感覚だ。

ただし指紋は強烈につく。

まめに体を拭いてあげなきゃ。

さて、次はこの子にどんな服を着せてあげようか。
TUMIの呪縛
駆け出しの頃、思い切ってゼロハリバートンのアタッシュを買った。

30そこそこの人間にとっては「有能」の象徴だった。

開けるときにパチンとロックが跳ね上がるアクションがアドレナリンを喚起した。

致命的な欠点は重いこと。

PC持参の時代になり、格好良さよりしんどさが先に立つようになった。

そこで軽くて容量の大きいカバンを探すことになった。

40前の人間にとって「機能性」の象徴がTUMIだった。

まだバカ高いイメージを残している時期に、ネットの通販で7掛けで買った。

これは良い買い物で、10年近く現役続行中である。

これでカバンに悩むことは一生ないと思ったが、問題が発生した。

あまりにも持っている人が増えたことである。

小市民のささやかな優越感が希薄になり、愛着が減ってきた。

なかむらさんから「随分年期はいってますね」と言われたことも契機になり、にわかに新たなカバン探しのスイッチが入ってしまった。

ゼロとTUMIを手にしたらもう次はないだろうと思っていたが、消費文化に冒された人間はそんなに単純ではないようだ。

さて、今度はどんなカバンがよいか。

ブランド、大きさ、キャスターの有無、使い勝手、出張用か普段使いか、などなど。

そもそも使用目的が定まらないので問題が明確に定義できない。

買い換え目的もなんだかよく分からない。

世の中の多くの問題は、何が問題かよく分からないことだ。

しかも、さらなる決定的な困難がある。

機能性を採るとナイロン素材になり、必ずやTUMIもどきのものになる。

TUMIは実にすばらしいポジションを得たものだ。

ナイロン素材のカバンをTUMIとそれ以外にカテゴライズしてしまった。

TUMIの仲間になるか、それ意外か。

そのような支配者の呪縛から抜け出ることはできるのだろうか。

TUMIの洗脳から抜け出すのは容易ではない。

似たような素材で安いんだからいいじゃん、とはならないのである。

かくして、同じような呪力を持つ製品に出会うか、こちらが勝手に呪いをかけて新たな宗教をつくり出すかのどちらかが迫られる。

考えすぎてヘンテコなカバン持ってたら、呪いがかかっていると思ってください。
コーヒーカップ
御堂筋線の淀屋橋駅の中程の階段を上がった出口のところに、「ODONA」というビルがある。

東京の丸ビルのミニ版という感じで、オフィス街のこじゃれたショッピング&飲食&オフィスビルである。

2階の本屋は重宝しており、飲食も便利。

さらに気に入っているのが雑貨屋の「イデア」。

温度計やら時計やら、これまで結構買い物をしている。

ぶらっと入ってデザインされた商品を見ていると頭が元気になっていく。

買ったものの一つに、iPodやiPhoneをつないで卓上で聞けるスピーカーがある。

小さな鉢植えポットのようになっていて、そこに本体を入れてコネクタをつなぐと、ポット全体がスピーカーとして機能する。

モノラルなので、本体についているスピーカーから直接出した方が音が良いくらいだが、デスクトップが洒落た感じになる。

本日、そいつにiPhoneを入れて、マグカップでコーヒーを飲みながら仕事をする。

たまにiPhoneを操作してまたポットに戻す。

そんなことを繰り返しているうちに悲劇が起こった。

スピーカーポットと間違って、iPhoneをコーヒーカップに投げ込んでしまったのだ。

ジャボンと思いっきり。

菓子工場のラインでチョコレートのコーティングするように。

コネクタ部分からしたたり落ちるコーヒー。

おそるおそる操作すると、なんとか動くがホームボタンが効かなくなった。

多分充電もままならないだろう。

重要なテキストメモをとりあえずメールで転送する。

あとは直るように祈るしかない。

ダメだったときのアクションはどうするか。

1.すぐに買い換える
2.新機種が出るまで待つ

ドラッカー曰く、

「最大の問題は
明日何をすべきかではない。
不確実な明日のために
今日何をすべきかである」

今できることは、料金体系をチェックし、新機種がいつ出るかの噂をチェックすることくらいか。

スタンドアローンのテキストメモ用として、ウィルコムのZero3を復活させようか。

ミスの代償は大きい。
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