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凄いリーダー
プロフェッショナル集団をまとめあげる見事なリーダーに出会った。

高橋俊介氏も言っているが、プロ集団のリーダーはプロの実践者として実績がないと人はついてこない。

デザイナー集団ならトップデザイナー、コンサルタント集団ならトップコンサルタントでなければリーダーは務まらない。

彼はその仕事について誰よりも理解していて、誰よりもビジョンを持ち、お客さんはこう考えるということを常に意識している。

この場合はこうしようというアイデアも豊富だ。

細部に気を配り、納得するまで何度も何度も訓練を重ねる。

これで行こう、これはだめだとはっきり判断するが、メンバーを傷つけないように言葉に気を遣っている。

君がそう言うのならそうしてみよう、ありがとう、と。

本番前には、僕らはファミリーで怖れることは何もない、お客さんを驚かせてやろうとチームを鼓舞する。

そして、彼自身が誰よりも優れたパフォーマーである。

彼は今年、50歳の若さでこの世を去った。

存命中は本業以外で物議をかもし、批判もされたが、仕事のクオリティはまさに王様だ。

映画"This Is It"はマイケル・ジャクソンがいかに希有なアーチストであったかを存分に表現している。

何度でも見たい音楽と映像だ。

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不良の集会
中学校の修学旅行のメインイベントは本州=内地に足を踏み入れることだった。

北海道の中学生にとって、青森は東京にも京都にも陸続きになっている文化の玄関口である。

昭和の当時、津軽海峡を渡る手段はもちろん青函連絡船。

4時間あまりの船の上の出来事が修学旅行の記憶の大半だ。

船には、いくつかの中学校が乗り入れる。

いろいろなところで他校の生徒とすれ違う。

そのときに火花が散る。

他校の女生徒がかわいいとか、とんでもない格好の不良がいるとかの情報が瞬時に飛び交い、海の向こうの陸地よりも、他校になめられずに威厳を保つことが最大の関心事になる。

ドキドキしながらも若干肩を怒らせて堂々と歩く。

運悪く階段なんかで鉢合わせになったら睨み合いになり、適当な時間が経ったらお互い「許したろか」とばかりその場を離れる。

なんとも微笑ましい光景だ。

相手に睨まれたらこちらから引っ込むわけにはいかない。

中学生には守るべき威信も財産も何もないのだが、そういう守るべきものがあるかのごとく振る舞い、周りの級友の目もあって引き下がるわけにはいかないのだ。

引き下がれなくなるうちに、何かを守っているような気がして来て、守らなければならない何かを心の中に自分で勝手に作り上げる。

心の中で応援団の校旗が振られ、安っぽいトロフィーが、突然絶対に掴まなくてはいけないものになる。

そういう「何か」は、大人なって振り返ると結構大事なものであることが分かる。

守らなければならいものは与えられるのではなく、結局は自分で作り上げていくものなのだ。

それが生きる原動力になるのだと思う。

始めて行った矢沢永吉のコンサートは、そんな中学生がそのまま年を取って中年になったような人の集まりだった。

昨夜の大阪城ホールの雰囲気は、30年前の青函連絡船のデッキの上と同じだった。

いかに永ちゃんと長いつきあいかを誇示するかのようなYAZAWAタオルを肩にかけている人、正装たる白いスーツとパナマ帽をかぶっている人。

一言で言えば不良である。

みんな背筋を伸ばし、心なしか肩を怒らせ、なめられないように目つきを厳しくする。

中にはいかにも怖い仕事に就いているだろうと推測される人もいる。

みんな大人になったので整然と入場しているが、あちこちで見えない火花がパチパチ飛んでいる。

普段はあまり合うことのない人たちだ。

自分だけの「守るべきもの」を持っている人たちだ。

さて、そんなやんちゃな集団を治める人気のリーダーが永ちゃんだ。

学校が違っても、あいつは格好良いし良いやつだよ、とみんなが友達になりたがる。

彼に「お前は格好良いよ、そのままで良いんだよ」と言われたらつらい人生も頑張れる。

彼の歌はいろんな境遇の人の人生を支えてきたのだろう。

還暦のロックンローラーと老けた中学生たちから、エネルギーのかけらをもらってきた。

少しばかり世間のステレオタイプに倣って生きていることに気がついた。

60歳のとき、どこまで不良になれているだろうか。

チョイ悪とかのレベルではなく。
アリス
中学生のころ、スポーツ万能でギターもうまくて女の子にえらくもてた友人がいた。

かれの家に行くと、アリスのポスターが所狭しと貼られていた。

ちなみに、アリスとは、谷村新司と堀内孝雄と矢沢透のフォークバンドである。

アリスのアルバムタイトルは、単純なナンバリング(「ALICE Ⅴ」とか)で格好良かった。

ポスターも暗めで睨みをきかせた渋いのが多く、スマートな「風」派の少年にはとても不良っぽく映っていた。

ギターもでかいギブソンだったし、硬派のイメージが強かった。

ちょっと恐いおじさん、であったのだ。

数々の大ヒットを飛ばした後、谷村氏は無害で善良な文化人、堀内氏は演歌歌手とキャラを換えてNHKの常連になった。

そのキャラ的なギャップに耐えられない人は、私の世代に少なからずいると思う。

そのアリスが、再結成するらしい。

キャラを戻すのに苦労をされるのではないかと察する。

特にベーヤンの演歌的歌い回しをフォークに戻すのが大変と思うが、余計な心配だろう。
BOSE不調
Carole Kingの5枚組が届いたと思ったら、会社のステレオ(って言うのかな?)が壊れた。

自慢のBOSEウェーブミュージックシステム。

音楽好きの方は結構反応してくれる。

CDの入りがこれまでも悪かったが、無理に入れたら出てこなくなった。

お客様窓口に問い合わせると、修理センターに送るか、近くの店に持って行くかのいずれか。

購入した心斎橋そごうの店に持って行くか。

心斎橋そごうは隣の大丸に買われたので、いずれテナントは入れ替わるのだろう。

BOSEは残して欲しい店の一つである。
Carole King
天満橋でランチ。

広々としたカフェ風の店。

渋い音楽がかかっている。

Carole Kingだ。

他にも聞いたことのあるボーカルがかかる。

iPhoneのmidomiというアプリを起動させて、曲名をサーチする。

流れている曲や鼻歌を10秒ほど聴かせると、データベースから曲名をサーチしてくれる。

Joni Mitchellだ。

すかさずブックマークする。

声は分かっても、どんなアルバムにどんな曲が入っているかは分からない。

それが分かると購買欲が閾値を超える。

階下にあるCDショップに行くが、在庫がない。

売れ筋とは言い難いので仕方がない。

やはりアマゾンにお世話になる。

ひとまずCarole King5枚組セットボックスをゲット。

ささやかな幸せである。
風"Complete Best"
正月に弟氏と、「風」について大いに盛り上がった。

風邪ではなく、伝説のデュオのことである。

You Tubeにいくつかのライブ映像があって、酔っぱらいながら見尽くした。

岩見沢の「冬京」のギター1本弾き語りがベストということになった。

その勢いで、正やんセレクトの"Complete Best"という2枚組をネットで発注。

その昔、自分のベストのテープをつくったが、それと比べてみよう。

と思っても、そのテープはすでにどこかへ行ってしまったので比べられないが、A面1曲目が「海風」であることは記憶しており、正やんセレクトと一致した。

これはとてつもなく嬉しいことである。

本日CDが会社に到着。

早速オフィスでかける。

普段のBGMとえらく趣を異にするが、とても良い。

やまうち君は何の反応も示さないが、致し方ない。

正やんのライナーノーツがこれまた良い。

風は、4年間に5枚のアルバムを出して解散した。

それほど短い活動期間であったことに始めて気がついた。

私には、4年間で何ができるだろうか。
健康ブームが人間関係に与える影響について
待ち遠しくてそわそわする宴会はそんなにあるもんじゃないが、昨晩の男前経営塾忘年会はまさにそれ。

テンション高く、3軒完走いたしました。

酒は、うまいとかうまくないとか、体によいとか悪いとかの評価の次元を超えて、飲まなければいけないものである。

社会の儀式として、飲まなければいけないのだ。

健康診断の数値が気にしつつ、肝臓を犠牲にして、自分の健康よりも他人とのつきあい、社会の一員であることの歓びを示すのである。

自らの身体を犠牲にして、自分自身よりあなたたちとの関係の方が大事なんですよ、という意思表明である。

酒を勧める、あるいは煙草を勧めるというのは、人間関係の重要なメッセージともいえる。

ということで、健康ブームと人間関係が相反する関係にあることが提起された。

まだ少し思考が酒気帯びかも知れませんが。
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